ベネズエラでは、クリスマスシーズンになると「アギナルド」という音楽が演奏されます。ビジャンシコと呼ばれるイベリア半島のクリスマスキャロルを起源としますが、様々な影響を取り込み、ベネズエラのクリスマスを特徴づける音楽となりました。

アギナルドは、明るく賑やかなダンス音楽です。タンボーラやフルッコと呼ばれる太鼓のリズムに合わせ、大勢でパーカッションを鳴らし、コーラスを歌います。チャパスという打面のないタンバリンのような楽器も使われ、そのシャンシャンという金属音は不思議と私たち日本人にもクリスマスを連想させます。
歌詞の内容は大きく二つに分類されます。一つは御子イエスについて歌ったもので、“Aguinaldo religioso”(宗教的アギナルド)と呼ばれています。ベネズエラ各地で行われるクリスマス行事には欠かせない音楽であり、先生に率いられた小学生たちが学校の発表会で披露することもあります。
ところでクリスマスプレゼントの起源は東方三博士がイエスの誕生を祝って供物を捧げたことに由来します。ところがベネズエラでは、三博士でもサンタクロースでもなく、祝われる立場の幼子イエスが良い子たちにクリスマスプレゼントを持ってきてくれることになっています。このため12月になると学校や家庭で、子どもたちは幼子イエスに宛てたおねだりの手紙を書き、それを降誕飾り(Nacimiento:イエスが生まれた厩舎をかたどったジオラマ)やクリスマスツリーの下に置いてクリスマスの朝を待つのです。
ここで、宗教的アギナルドの代表曲である“Din din din”の歌詞と演奏を見てみましょう。

Din, din, din,
Es hora de partir
Din, din, din,
Camino de Belén
Los esposos van
Desde Nazaret

La Virgen María
Modesta y sencilla
Es la maravilla
Del dichoso Edén

キンコンカン
出発の時間ですよ
キンコンカン
ベツレヘムへの旅路
夫妻は行くよ
ナザレから

聖処女マリア
慎ましく質素
あなた様は奇跡
楽園エデンがつかわせた

詞:ビセンテ=エミリオ・ソホ採譜
訳:石橋純

さて、もう一つのアギナルドは“Aguinaldo de parranda”(宴のパランダ)と呼ばれるものです。ほとんどの場合、宗教的な意味合いは持たず、宴の楽しさを主題として演奏されます。例えば、パランダと呼ばれる友達同士でにわかに結成されたアギナルド楽団が、予告なしに他人の職場や家庭に突撃するというクリスマスの遊びがあり、“Tun tun”という曲ではその様子を歌っています。まず最初に、ドアをノックします。すると住人は「どなたですか?」と尋ねるわけですが、パランダは“¡Gente de paz!”(怪しいものじゃありません!)と返答します。実はこの掛け声は「突撃」の決まり文句で、これを聞いたベネズエラ人にはパランダがやってきたことがわかります。パランダは、お酒と食事、もしくは心付けをもらうまで歌い続けるというのがお約束事となっているのですが、「怪しいものじゃありません!」と玄関先で粘り続ける楽団に対し、静かに過ごしていたい頑固親父は「頼むから、帰ってくれ!」と言うように扉を開けるのを拒み続けます。

¡Tun tun!
¿Quién es?
¡Gente de paz!
Ábranos la puerta que ya es navidad

Me están robando el sueño
Me arruinan la salud
No quiero trasnocharme
Porque nació Jesús

No quiero abrir mi puerta
Molesten más allá
Que el diablo se los lleve
Y a mí déjenme en paz

トントン
誰だい?
怪しいものじゃありません
戸を開けてください
もうクリスマスですよ

安眠妨害じゃないか
健康を害されてしまう
俺は夜更かしなんかしたくない
イエスが生まれたからって

ドアは開けませんよ
よそへ行ってください
悪魔に連れて行かれるがいい
私のことは放っておいてください

このように、クリスマス頌歌と宴会音楽という二つの顔を持つアギナルドですが、細かく見ていくとベネズエラ各地で様々なスタイルを持って演奏されています。例えば、平原音楽の盛んな地方ではバンドーラ、オリエンテと呼ばれる東部地方ではマンドリンといったように、地方の特徴的な楽器が加わることがあります。また、リズムも各地で異なっており、基本は8分の5拍子ですが、5拍子ぴったりで演奏されることは希で、最後に小さなタメが入ることで、5.5拍子のようなリズムだったり、ほとんど6拍子に聞こえたりします。そのどちらともつかないリズムに注意しながら聞いてみるのもアギナルドの面白さの一つです。
エストゥディアンティーナ駒場も毎年クリスマスの時期にはアギナルドを演奏します。コンサートではもちろんのこと、大学の授業を「襲撃」することもあります。12月に不意にドアがノックされたら、それはあなたの番かもしれません。曲中の頑固親父のように拒まずに、共にクリスマスの宴を楽しみましょう。

アギナルドメドレー(Cantemos, cantemos / Tun tun / Aguinaldo carupanero), Estudiantina Komaba

・おまけ
ベネズエラでも、クリスマスのディナーは特別なものです。アギナルドによく歌われるベネズエラのクリスマス料理には次のようなものがあります。
・アヤカhallaca トウモロコシ粉生地に肉や野菜や漬物などさまざまな具をつめてバナナの皮で包んだ南米風ちまき
・パンデハモンPan de Jamón ロースハム、オリーブ、干しぶどうをたっぷりつめたロールパン
・エンサラダデガジナ Ensalada de gallina ポテトと鶏肉のサラダ
・ペルニルデコチノ pernil de cochino豚のももの丸焼き
・パパイヤの甘露煮 Dulce de lechosa クローブを利かせたとても甘いクリスマスの時期のスウィーツ
どれもほっこりしそうなメニューですね。

アジャカ(奥左)、エンサラダデガジナ(奥右)、ペルニルデコチノ(前左)、パンデハモン(前右)

執筆:増田耕平

参考文献
『ベネズエラのクリスマス~カーニバルの音楽文化』,石橋純,講演「現代のラテンアメリカ」第2部資料
Guilarte, Gisela “Aguinaldo”. Enciclopedia de la música en Venezuela. Fundación Bigott, 1998.

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