みなさんはクリスマス・ソングというと何を思い浮かべるでしょうか。恐らくジングルベルや赤い鼻のトナカイといった、米国起源の定番曲を考えつく人が多いかもしれません。しかしベネズエラでクリスマス・シーズンに演奏される曲[1]は、日本で演奏されるクリスマス・ソングとは違っています。それでは、ベネズエラでクリスマス・シーズンにさかんに演奏される、「ガイタ gaita」について探ってみましょう。

ガイタの歴史
ガイタは、マラカイボを中心とするベネズエラ西部のスリア州で生まれました。この地方は16世紀初期からスペイン人の入植が始まった地域ですが、陸路の交通アクセスの不便さなどから辺境とみなされていたという背景があります。そのためスリア地方は、コロンビアともベネズエラとは異なる独自のスリア文化を築いており、ガイタはその一例であるといえます。ガイタはローカルな民衆の音楽としてスリア地方で親しまれていただけでしたが、1960年以降、商業的に録音されたこともあり急速に全国に広まっていきました。
ではなぜガイタはクリスマス・シーズンに歌われるのでしょうか?それには少し複雑な理由があります。
本来ガイタは宴の音楽にすぎず、クリスマスを祝うために作られた音楽ではありません。それにも関わらずガイタがクリスマス・シーズンの音楽となったのには、1700年代の初めに生まれたスリア地方の伝説が背景にあります。その伝説は、「チキンチラ」と呼ばれる聖母にまつわるものです。
言い伝えによると、カカオ挽きを生業とする貧しい婦人が、マラカイボ湖畔で形のよい板切れを拾ったことがはじまりです。水がめのふたにちょうどよいと思った彼女はこの板切れを持ち帰ったのですが、数日後の11月18日、その板切れに聖母の姿がくっきりとうかびあがったのです。この奇跡はまたたくまに人々の噂と信仰を集めることになり、「チキンチラ」の聖母(愛称はチニータ)と呼ばれるようになりました。そしてこのチニータはスリア全土の守護聖母になり、11月18日はチニータの祝日として、盛大に祝われることになったのです[2]
そしてこのチニータの祝日までの一週間、チニータ信仰は非常に盛り上がりを見せます。また次の二か月間は、スリアで民間信仰を集めるアフリカ系の聖人サン・ベニートを讃えるお祭りのシーズンとなります。つまりこの二か月半は、民衆の信仰心が最も高まるお祭りシーズンとなるのです。その祝いの場で祭宴音楽であるガイタが盛んに演奏されるようになった結果、ガイタは年末シーズンに演奏される音楽となったのです。つまりガイタはクリスマスのための音楽というよりも、クリスマス・シーズンに演奏される音楽という方が正しいと言えます。
このようにスリア地方の興味深い歴史と関係があるガイタですが、現在ではベネズエラ全国でクリスマス・シーズンの音楽としてすっかり定着しています。町中いたるところでガイタが流れ、テレビCMソングにもガイタが使われるほどです。マラカイボから遠く離れた首都カラカスでも、ダンスイベントでは数万人がスタジアムに集まり、陽気なリズムに合わせて熱狂的に踊りあかします。このようにガイタは、歌とダンスを愛するベネズエラ国民にとって、クリスマスを迎えるためになくてはならない存在なのです。

スリア地方の地図

 

ガイタの音楽的性格
それではガイタの音楽的な性格を見ていきたいと思います。まずガイタと一口にいっても色々ありますが、「ガイタ・スリアーナ(ガイタ・デ・フーロ)」と「ガイタ・デ・タンボーラ」の二種が主要なスタイルです。

① ガイタ・スリアーナ
ガイタ・スリアーナは、8分の6拍子や4分の3拍子の複合拍子によって演奏されます。楽器編成は、主にクアトロ(南米の4弦ギター)、タンボーラ、フーロ、チャラスカ、マラカスで演奏されるものです。
それでは、EKも使用しているこれらの楽器について、打楽器を中心にもう少し詳しく紹介したいと思います。

タンボーラ

まず最初にご紹介するのは、タンボーラと呼ばれる太鼓です。タンボーラは太鼓の面を叩く重厚な音、そしてバチが弾く明るい軽やかな音が組み合わさることで、6/8拍子と3/4拍子のテンポ良い複合リズムを生み出し、ガイタの躍動感を生み出す中心的役割を果たしており、ガイタに欠かせない存在となっております。

次に紹介するのはフーロという摩擦太鼓です。これはタンボーラと違い、打面に備わる棒を掌で擦るという、ユニークな方法で音を出します。籠ったような、しかしよく響く重厚な音はベースとしての役割をもち、「ズゴッコー」という3/4拍子のリズムで低音を轟かせ、ガイタを支えます。

フーロ

チャラスカとは、金属の表面にギザギザの刻みを付け鉄の細い棒で擦って音を出す楽器です。

左の細長い筒がガイタで主に使われるチャラスカです。

 

チャラスカ
タンボーラ
フーロ

 

それではガイタ・スリアーナの伝統的な特徴を残す曲をきいてみましょう。Conjunto el saladilloの‟La Cabra Mocha”です。

②ガイタ・デ・タンボーラ
では続いてガイタ・デ・タンボーラをご紹介します。ガイタ・デ・タンボーラは、ガイタ・スリアーナと打って変わって、非常にアフロ色が強い音楽です。
スリア地方の民衆の間では、先ほどガイタの歴史において触れた黒い肌の聖人サン・ベニートが信仰されています。この信仰は公式のローマカトリックが関与しない民衆カトリシズムであり、ベネズエラを代表するアフロ系カトリック信仰です。そのサン・ベニートの祭日は、アフロ系信仰にふさわしく、太鼓祭をもって盛んに祝われます。これがガイタ・デ・タンボーラのアフロ色が強い所以です[3]
使われている楽器は主にタンボーラとマラカスです。ただこのタンボーラは、ガイタ・スリアーナで使われるタンボーラとは別系統であり、タンボーラ・デ・チンバンゲレとも呼ばれています。リズムもガイタ・スリアーナとは異なり、独特のスイング感を持つ4分の2拍子です。
このようにアフロ系音楽の影響を受けたガイタ・デ・タンボーラにとって、太鼓がはたす役割の重要さははかりしれません。お聴きになる際は、ぜひ歌だけではなく太鼓による陽気なリズムを感じてみてください。

このようにガイタ・スリアーナ、ガイタ・デ・タンボーラは非常に異なる音楽的性格を持ちながらも、同じ「ガイタ」というジャンルとしてベネズエラの人々に愛されています。それでは次に、ガイタが人々に広く受け入れられる理由でもある、その歌詞の特徴や種類についてご紹介します。

ガイタの詞の特徴
ガイタが多くの人々に愛されている理由の一つとして、ガイタの歌詞の叙事詩的性格があげられます。主なテーマとして五つをあげてみたいと思います。[4]

①讃
その名の通り、何かを賛美する内容です。この場合、対象は聖人や政治家だけにとどまらず、町の名もない庶民に及ぶこともあります。実際ガイタのテーマになっているものには、「かき氷屋さん」「靴修理屋さん」など、なかなかユニークなものも存在します。

②信仰告白
先ほども述べた通り、ガイタがクリスマス・シーズンに演奏されるきっかけの一つでもあるチニータ信仰は、ガイタの題材として非常に人気があります。ただ私たちが想像するような賛美歌と異なるのは、チニータをとても身近に歌っているところでしょうか。チニータを「君」とよび、彼女への愛と信頼を歌う内容は、まるで恋人へのメッセージのようです。

③プロテスト
ガイタの歌詞は、鋭い風刺や毒を含むことがあります。主に政治的指導者へのプロテストを歌った内容は、軍政下では放禁・発禁処分を受けたこともあったそうです。

④社会批評
こんにちのガイタでは、現代の話題が幅広く扱われます。コンピューターからゴシップ、野心家の若い女性が体を武器に成功を掴もうとするストーリーなど、社会批評の性格を色濃く持ったガイタは数多く存在しています。

⑤郷土愛賞揚
ガイタのヒット曲の中でも、故郷の魅力や郷土愛を歌った歌詞は数多く存在します。その中の一つを引用してみましょう。Cardenales del Exitoの「La ciudad más bella」です。

マラカイボは大陸一美しい街
湖、チニータ、大橋がある
ガイタと歓待がある
カタトゥンボが光り
熱気に満ちた最高の人々が住む町

これはスリアの美しい光景を歌った歌詞です。大橋とは湖西のマラカイボと湖東を結ぶ唯一の陸路である「ラファエル・ウルダネータ橋」を指し、カタトゥンボとは毎夜湖面を照らす壮大な稲妻のことを指します。このようなイメージを通して、スリア人の郷土愛は高まります。

これらからわかるように、ガイタの歌詞が人々の生活と密着に結びついているからこそ、ガイタは大衆音楽として人々に愛されているのです。それでは次に、ガイタの国民的なアーティストたちについて紹介したいと思います。

主なガイタのグループ
ベネズエラで広く愛されているガイタグループ、またはガイタにルーツを持つグループとしては、マラカイボ15(マラカイボキンセ、Maracaibo 15)、グラン・コキバコア(Gran Coquivacoa)、グアコ(Guaco)といったものがあげられます。今回はこれらのメジャーなグループについて少しご紹介します。

マラカイボ15は、名歌手ベトゥリオ・メディーナが1975年にカラカスに本拠地を移して結成したグループです。カラカス近郊の海岸地方のアフロリズムであるパランダとガイタをフュージョンした独特なリズムを開発しました。演奏はスピード感にあふれた耳に残るサウンドで、全国的に高い人気を持つグループです。
一方1968年に作られたグラン・コキバコアは、もマラカイボ15と並ぶ人気を誇る国民的なガイタグループです。彼らのサウンドは伝統的なガイタ・スリアーナのリズムに忠実ですが、ポップスのように聴きやすいサウンドを持っています。おそらく電子楽器の響きやレパートリーが私たちの耳になじみやすいためでしょう。
また音楽監督ネギート・ボルハスは、年に一回スリアで選出される「ガイタ・デル・アーニョ」という賞を四年連続で受賞する実力の持ち主であり、グアコにも数多くの楽曲を提供しています。
それでは1978年にグラン・コキバコアがリリースした、恋人との別れを歌った「Sin Rencor」をお聴きください。

最後にグアコについてご紹介します。現在はサルサやファンクなど、様々なジャンルを取り入れている彼らですが、1958年にマラカイボで結成された当時は主にガイタ・スリアーナを演奏していました。現在もグアコのサウンドにはタンボーラなどガイタの影響が色濃く残っています。
またグアコは2015年のラテン・グラミー賞では2部門でノミネートされ、2016年の第58回ラテン・グラミー賞では「ベスト・トロピカル・ラテンアルバム部門」を受賞した経歴があります。まさに今一番旬なラテンミュージックグループの彼らは、今年の秋に全国各地で来日公演を行い、大好評を博しました。更にグアコメンバーは駒場にきてEKのメンバーとワークショップを行ってくれました(当日の様子はこちらの記事をご覧ください)
)。
いかがだったでしょうか。ベネズエラ音楽、それもクリスマス・シーズンの音楽という馴染みのないジャンルかもしれませんが、少しでも身近なものに感じていただけたら嬉しいです。ぜひクリスマスシーズンにはガイタに耳を傾け、ベネズエラ国民が愛するリズムを肌で感じてみてください。
それでは最後に、故郷マラカイボを賛美するガイタの名曲、「Mi nostalgia」を演奏するEKの動画どうぞ。

 

(文 内川友里)


[1]ベネズエラの伝統的クリスマスキャロルについては別項「アギナルド」を参照
[2]石橋純(1990)「大特集:ベネズエラのガイタ」『月刊ラティーナ』90年2月号,p13
[3]石橋純(2002)「スリア地方 黒い聖像」『熱帯の祭りと宴』、p227、柘植書房新社
[4]石橋純(1990)「大特集:ベネズエラのガイタ」『月刊ラティーナ』90年2月号,p16

参考文献

石橋純(1990)「大特集:ベネズエラのガイタ」『月刊ラティーナ』90年2月号ラティーナ社
石橋純(2002)「スリア地方 黒い聖像」『熱帯の祭りと宴』、柘植書房新社
石橋純(2002)「セレナータ」『熱帯の祭りと宴』、柘植書房新社

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